遊学の道Project 2006年5月の活動報告

2006年5月13日

 雨なのでコテージの壁を塗りました。

 3月、4月と休んでしまいましたが、13日にYMPに遊びに行ってきました。土曜日だけの日帰り参加です。今回は、みゅーさん初日は居らず、参加者3人。相変わらず少ないです。ベーやんと、山井さんとぼく。

 今回来るときに雨だったので、<のんびりできるなあ>と思って作業のことはあまり考えていなかったので手袋を忘れてしまいました。山の井さんが買ってきてくれて助かりました。でも結局切れてしまって惣次さんに借りることになってしまいましたが。

a0079265_103867.jpg使ったニスは強力で、山井さんが買ってきてくれたビニールの手袋がぼろぼろになってしまいました。靴にもかかってしまって、足袋に履き替えなくて失敗しました。

  <なんかちがうかなあ、YMPの活動ってこういうことだっけ?お世話になっているコテージだからまあいいかな>
と思いつつも、作業に励みます。でも、コテージがきれいになって気持ちよかったです。もっとやりたかったな。途中までしかできなかったので、こころ残りです。短い時間で全部やるのは所詮無理なんですけどね。やり始めたら最後までやりたくなるものですね。

 ニスを塗りながら、
<YMPもっとなんとかならんかなあ。このままだとイベントもなくなるだろうし。一日だけにしたらどうかなあ。来たい人は土曜日からきてもいいよっていうほうがいいのじゃないだろうか。仕切るのがいつもみゅうさんばかりってのもなんか変だよな。たまには俺がやってもいいんだけどなあ>
なんて思いました。
 もう少しやり方変えたほうがいいかもしれないなあとは思っているのですけれどいい案が思い浮かびませんし、僕に変える権限はないしね。と書きつつも、次回ささやかな新たな試みを実行してしまおうと考えている私です。乞うご期待!今後僕が行くときには必ずやります。参加者が4人以上いれば。何をやるのかは参加者にしか教えませんよー。知りたい人は参加してください。

 今回は日帰りにしたので荷物が少なかったし、雨だから暇だろうと思って、篠笛を吹いてみようと思ってもって行きました。コテージに着いてお昼を食べたときに少し吹いて、夕食の前に少し吹きました。

 始めたころに比べると、音が出るようになっていて、うれしい。もっと息が続くようになって、譜面を見ないで吹けたらいいなあ。また持っていって練習しようと思います。今度は木々の中で吹いてみたい。今住んでいるところは住宅地で練習場所に困っています。貸しスタジオが30分500円で借りられるけれども、30分単位でしか借りられなくて足りません。毎日練習したいけど、できない。カラオケボックスでやっちゃおうかなーと思ったこともあるけれど、禁止なので気が引けて無理です。

 最近多摩川の橋の上で深夜何回か吹いてみたけど通行人がぱらぱら通るので気になっていけません。まあ、人の迷惑にならないので、その橋がいまのところ一番いいんだけど、あんまりそこで吹いていると「変わった奴が居るぞ」ってことで有名になってしまう恐れがあるので困りますしね。ははは。。。  
 ああ、和楽入れてくれないかなあ(ためしに書いてみただけです)。
次回も一日だけ参加の予定です。夜泊らせてもらって朝発ちます。花咲き村の田植えに参加予定です。

(文:真瀬裕介)

2006年5月14日

 雨80%予報の土・日。「取り止めなら連絡を!」と田辺さんにメールしてあったが、連絡のない所を見るともしかして・・・。  取りあえず行くだけは・・・と檜原へ。(私は日曜のみの参加) 行くと田辺・山井(やまのい)さんが事務所横の出来たて掲示板の枠を磨いていて、横にみゅうさんが・・・。

塩 「あれ、みゅうさん今日は用事があるのでは?」
石 「あ、それ土・日と思ってたら金・土だったから。今日は午前中だけやって帰る」
塩 「田辺さん、昨日(土)は 雨の中、山へ入られたんですか?」
田 「いや、山井さんと コテージ内のニス塗りしてたんだ。」

というやりとりの後、惣次さんからの指示もあり、道の修理を道刈りに変更。

a0079265_126100.jpg まずは鎌研ぎ。森のにおい、むんむんの中、雨で濡れて滑りやすい丸太の橋や石に気をつけながら田辺・山井組と石山・塩津組に分かれて鎌をふりふり上って行く。
 いつもより1ヶ月早い道刈りのせいか草木は道を覆う所まではいかないが道にへばりついている草を刈るのに苦労する。(物知りの友人によればその草は野蕗だと)
 途中でみゅうさんが抜け、私一人ぼちぼちと。ラショウモンカヅラをケータイで撮ったり 山菜のミズを摘んだりと森を楽しみながら刈り続ける。  お昼は合流点の大木のけやきが、分からず、別々に食事を取る。

a0079265_13119.jpg  午後は1時間半程作業して終了。帰りに田辺・山井組に会い、田辺さんが見に来て作業場所が違うよ、と指摘。その後私は道具をおいてある広場へ取りに行き、田辺さんは少し刈り残したところがあるとアジサイの広路へ。山の中に入ると大声を出してもうまく連絡が取れず結局3人バラバラにコテージへ。 田辺さんが「みんな、遊学の道の入り口の辺で待ってるのかと思ったら・・・。だめだよー(ぷんぷん)」
 誰もが山の中で通じるケータイを持っているわけではないので、山に入る時は前もって決め事を確認しておく必要があるな、と深く反省。
 鎌研ぎ、部屋片付けして終了。野村さんの売店で サラサドウダンを見つけて買う。

(文:塩津孝子)
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# by YMP_Log | 2006-05-13 12:34 | 定例活動の報告

遊学の道Project 2006年4月の活動報告

2006年4月8日~9日

a0079265_193891.jpg バスの外は、雨が降っていた。 久しぶりに作業ができるかと思ったら、このありさま。仕方ない。先月できなかった囲炉裏小屋の掃除でもするか……なんて今日の予定を考える。 けれど、バスが役場に着く頃、空はキレイに晴れ上がった。なんだか、村に歓迎された気がして、ちょっと嬉しくなった。

 作業の用意を整えて山に向かう。先月まで枯れているとしか思えなかった、林床一面のアジサイが、緑色の若芽を出している。生きているんだ、なんて当たり前のことに驚きを覚える。わかっていることでも、それを目の当たりにすると、感動があるから不思議だ。 4月の山は、たとえば都心の花見スポットに見られるような、桜と菜の花とハナダイコンのコントラスト……みたいなあでやかさはないけれど、足元の小さなスミレやアブラチャンの花やミツバツツジが、控えめに春を彩っていた。 スギ林を抜けて、育成天然林へと出る。
「うわ~っ」
そこは、カタクリの園だった。
去年よりも多いかと思われるカタクリが、あきおジャンクション一帯を彩っている。 実は、去年の秋、カタクリ刈りをやらなかった。それよりも、補修作業をやりたかったし、毎年見事に増えているし、一度くらいサボってもいいかな……という確信犯だったわけだが(ごめんなさい)、カタクリたちの見事な咲きっぷりに、許されたような気になる。お詫びに、今年はちゃんと刈ろう。なんて決意を胸に、年に一度だけの春の風景を楽しんだ。


 カヤの岩路の作業現場に近づく頃、また雨が降り出した。どうしよう……と思いながらも、なんとなく引き返せず、先に進む。たぶん、さっきと同じような通り雨だろうと思ったら、案の定すぐに雨は止んだ。そういえば、この先のソロとアサダの分岐点あたりを作っている時も雨が降った。あれも確か4月だった。針葉樹林の中だと、あんまり雨が降らないね、という話をしていたのを、ふと思い出した。

 今日の作業現場は、江頭階段。岩場をぐるっと回る細い道。だいぶ前からわかりにくくなっていたのが気になっていた場所だった。しかし、岩場ゆえ杭を打つことも困難で、結局は地均しをするだけになった。作業中、足元の石が転がった。「マズい!」ヒヤリハットは、何事もないと忘れそうになる意識を思い出させてくれた。反省。

a0079265_1103874.jpg ところで、「江頭階段」といって、何人の人がわかるんだろう。ここの階段を江頭さんが作ってくれたのは、もう何年も前の話だ。けれど、名前の由来はわからなくても、たとえばここが「江頭階段」と呼ばれて、ずっと後にもその名前が引き継がれていけば、そこに歴史が刻まれるのだと思う。「あきおジャンクション」も然り。たとえ「あきおって誰?」って日が来ても、ここに「あきおジャンクション」という名前を残せたら、それが永遠になるのだろう。たとえ、YMPのいられる時間は刹那だったとしても、遊学の森にそんな永遠を残せたらいい。私たちにとって、「森林を見つめる会」があったからこそ今があるように。


 そんなことを考えながら、作業をする。何年も通っていると、同じ場所での作業が何度も繰り返されることになる。それをいつも覚えているわけではない。けれど、その場所に来ると、不思議と同じ場所にいた日の記憶がぶわ~っと蘇ってくる。そこには、私と遊学の森の永遠があるのだろうか。
 

 翌日は朝からお天気だった。 前日、気になっていたけれど、道具を持っていなかったためにできなかったカヤの岩路の橋の補修にまずは入る。

 材を半割りにしようとして、ヨキを持ってこなかったことを後悔する。かといって取りに帰るほどのことでもない。両刃ナタでなんとか割り終えた。
 さて、あとは釘を抜いて、半割りの材を打ち直すだけ……と思ったら、この釘が抜けない。全身の力を込めてもビクともしない。魔女の呪いがかかった剣みたいだ。頭を振れば、少しは穴が大きくなって抜けやすくなるだろう……なんて浅はかな考えは、埋まっていない部分が折れただけで無駄な努力に終わった。じゃあ次は……要は、釘のサビと木が食ってしまっているわけだから、引いてもダメなら押し込んでみれば外れやすくなるんじゃない……?という読みは多少当たったらしく、それで数本が抜けた。けれど、残った釘は、努力もむなしく折れる、曲がる、そんなことで結局木から抜けずに終わった。 釘の上から材を打ちつけ、なんとか補修を終える。それだけで、もう昼になっていた。
 食事を終えて、谷筋の上の補修に入る頃、遠くあきおジャンクションあたりに人影が見えた。カタクリを見に来たらしい。遊学の森を歩いてくれる人がいるというのは、なんとなく嬉しいものだ。

a0079265_111292.jpg 長く同じ場所を歩いていると、世間的な感覚がわからなくなる。自分にとっては歩き慣れたフツーの道であっても、初めて歩く人にとっては、「これが道?!」と思う場所かも知れない。遊学の森にとっては、そんな人たちにも歩きやすい道が本来は必要なのだ。が、果たしてそういう道ができているのか……?それには、フツーの感覚を持った人が必要なのだろう。遊学の森を歩き慣れたメンバーだけでは気づけなくなることがある。だからこそ、YMPには「初めての人」の存在が必要なのかも知れないと思った。


 この日、遊学の森には2組の来客があった。声をかけたかったけれど、作業場所と離れていたのがちょっと残念なところだ。 山から下りて、裕子さんから聞いた話によると、そのうちの1組は某元代表だったらしい。だったら声くらいかけてけよ!と思ったけれど、その場では私の心の中だけにそっとしまった。 ラブが、そっと甘えてきた。


(文:石山恵子)
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# by YMP_Log | 2006-04-08 12:34 | 定例活動の報告

遊学の道Project 2006年3月の活動報告

2006年3月11日~12日

 コテージに着くとイシヤマと僕だけだった。イシヤマは、参加はふたり、掃除を二日間しますとだけ言い、それ以外何も語らなかった。ある程度予想できた人数で驚くに値しないが、ふたりでコテージを二日がかりで掃除かと思うと少々気が重くなる。


 作業が二日で終わらないかもしれないという不安から、素早く昼食を取り早速ソロとケヤキから作業開始。イシヤマは内、僕は外を掃除。ふたりして黙々と仕事を続ける。人数が少ない分作業範囲を減らすことも手抜きすることも暗黙の了解でしないから、1人あたりの担当範囲は広く、作業量は多くなり、こなすためには効率を高めるか、時間をそれだけかけるかということになる。シュッシュッ、ハッハッ、シャッシャッ。一心不乱にガラス拭きといきたいところだが、リズムを掴めず、拭く動きを上下したり、左右したり、2度拭も1枚ごとにやったり、1間ごとにと単調な作業にリズムと効率を考えながら行った。


 掃除に疲れ、座って休み、庭を見やると穏やで暖かい日差しを受け、けなげに咲くアヅマイチゲの白い花が風にゆっくり揺れているのが目に入った。コテージに着いたときは蕾だったが暖かくなって咲いたのか。コテージで早春に一番最初に咲く花でこれを見ると本格的な春が近いと感じる。後でソウジさんに聞くと先日まで注意して見ていたがまだ咲いてなかったようで今日咲いたのだ。昨年より2週間ぐらい早い開花らしい。

 時折コテージ内をのぞくと、イシヤマがレンジ周りを懸命に磨く。その様は、内に向かい現れる出る敵に必死になって戦う姿と重なって見えた。

 外壁に白い繭が取り付き竹箒で払うが、白い繭はねばり強くなかなか取り除けない。これはいったい何の虫の卵なのだろう、近くに緑の子グモが動き回っていることからクモの卵か。ひとり作業の分マイペースで建物の構造や梁の番号、カメムシの生息、場所による汚れ度合いを観察することができ、退屈さを紛らわせる。 ソロとケヤキの掃除を終えるころにはすっかり日が落ちてしまった。


 それから夕食の準備に取りかかり始め、野菜を切ろうとするところで、仕事を終えたコンドウ君が現れ、ソウジさんから外食の誘いを告げられ、お勧めの縮れ麺ラーメンのある瀧へ4人でいった。ビール、野菜炒めと馬刺、みそラーメンを食す。その後、用事に行きそびれたコンドウ君とイシヤマと僕とで時の過ぎるのを忘れ、夜中まで世間話をした。つまみはユウコさんからいただいた蕗のとう、フライドポテト、椎茸の天ぷら。コンドウ君とは長時間いっしょにいたことはなかったので、あまり知らなかったがよく話す人だなあと感心してしまった。知った間柄の人とは無言の状態になるのがいやで何か話さなきゃと思うそうだ。

 二日目の朝、ご飯が炊ける間こたつで待っていると窓ガラスをたたく音がして振り向くと見覚えのある顔、ジュンちゃんがいた。助かった。2人より3人の方が断然作業が進む。まずはおかずを一緒に作る。昨日作る予定だったカレーの食材を使い、ジャガイモ、タマネギ、ニンジン炒めとした。

 食事を終え作業開始。イシヤマと僕の作業分担は変わらず、ジュンちゃんには内側のガラス拭きをしてもらう。ガラスを挟んで内と外の対面で拭くとどうも恥ずかしく、すこし離れて作業。そこで普通では手が届かない場所へも少しの輝きが欲しくて無茶をしてまで得ようとしてしまう自分がいた。、コテージの天井は高く、高いところにガラス窓があり、梯子の上に載り手を大きく伸ばす。また、バルコニーからイナバウアーのように半身後ろへそりかえり、身を外に迫り出し拭く。体のバランスが崩れれば転落負傷、安全面からすると命綱が必要なところだ。そう言えば去年もこんなことしていた気がする。あとでわかったことだが、今回保険に入っていなかったので2重の危険があった。無事で良かった。事故してたらどうなってただろう。安全策を考えよう。

 午前の部グリニスト掃除完了。昼休みにアヅマイチゲをソウジさん、ジュンちゃん、イシヤマ、僕で観賞。ジュンちゃんは初めてここで見たと感動していた。その後、イシヤマがタナカ家に宅急便で届けた箱を取り出し、ソウジさんへ誕生日プレゼントとして大きめのフィールドジャケットとコテージへの感謝として玄関・台所マットを贈った。


 外壁、窓ガラス、照明器具の傘。きれいに拭くと周りのやってないところが目立つ。予期せず隣で拭かれると自分の所の汚れに気づいてあわてて拭き出す。1日中腕を振り、上下左右へ移動するので前回のイベントの枝打ち作業より大変だろう。コテージをひとりで切り盛りするユウコさんの苦労が身にしみる。


 途中さすがに疲れて一休み。お茶を飲み話をする。ジュンちゃんはここを離れ、6年ぶりに東京の方に帰ってきたというが、僕はそれだけの月日を感じ得なかった。いろいろなことはあったが、ジュンちゃんには1年に最低1度は合っていたこともあり、それにも増して自分の中では変わったと思えるほどのことがなく、ただ月日が経った感があり、懸命なれど足踏み状態だからかもしれない。また、友達みんな近くにいるのに忙しそうで会えない、東京に帰ってもまだ地方に居る感じがするという。


 午後3時終了予定が4時、5時になっても終わらない。せっかくここまでやってきたのだ、手抜きは出来ない。下から上へと拭いていくので残りは高所となる。脚立を時に梯子に変え上がったり下りたり繰り返し、掃除。最後はへとへとになってしまい少々の拭き残しが見つかってももうやり直す元気はない。やっとのことで最後のフォレストを終え、すべてのコテージの掃除完了。


 帰りにコテージを振り返り見ると暮れ始めた陽の光のなかで遊学の森をバックに、心なしか若返り、小綺麗に、凛とした容相になった気がした。4月からお客を受け入れる準備は着々と進む。布団も干され、暖かな日差しと澄み切った空気を吸い、ふわふわと気持ちよい。来訪者はこのコテージで街での日々雑念を忘れ、楽しく語らい、ステキな時間を過ごされることだろう。もうすぐ芽吹きの季節だ。

(文・撮影:田辺康司)
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# by YMP_Log | 2006-03-11 12:34 | 定例活動の報告

遊学の道Project 2006年2月の活動報告

2006年2月10日~12日

 まず、久々の檜原での活動を終えて、「忙しかったけれど、めっちゃ楽しかったぁ!」。秋の大集合を除くと、ほぼ6年ぶりの檜原。いきなりスタッフでの参加で不安もあったけれど、楽しんだ者が勝ちっとウキウキ気分で臨んで、結果思いっきり楽しんじゃった。冬の檜原はやっぱり寒くって、夜は星がきれいで、満月の直前で、ダブ(通称ラブ?!)はよそ者に慎重で、ハートは狂ってた(遊んで遊んでって)。


 前泊となる初日は集まったのがみゅー、真瀬っち、トーマスさん、私の4人。最終的にはスタッフ参加者合わせて30名になると聞き、大丈夫かぃ・・・と心細くなってみる。立て込んだスケジュールを見て、「今日中にカレー作っちゃったほうがいいね」と夜更けに始めた大鍋二つ分の大量カレー。田辺シェフがいたら怒られるだろうな、ってな手抜き方法でワイワイと調理。ちなみに使ったルーは1枚50人分という馬鹿でっかいチョコバーみたいな代物。業務用スーパーで安くて面白いので買ってしまったのだけれど、これは割るのが大変すぎてあまりお勧めじゃなかった。「包丁の危ない使い方の見本」みたいに、真瀬っちが柄でガンガン叩いて割っていた。ウケを狙った自分を少し反省。結局、もろもろの準備が終わったのは夜中の2時。それからお風呂に入って、女性陣は話にもう一花咲かせて、寝たのは朝ももうすぐ4時直前。


 参加者到着予定時刻は10時40分。それまでに仕上げなくてはならないことは山のようで、道具の準備に食器洗い、出迎えの汁物作りに、布団準備。予定どおりに7時に起きて、朝食もそこそこに皆、ちゃきちゃきと働いた。いやー、えらいっ!しかもやれば出来るものだ。間に合ったし。快晴の中、到着したバスから続々と人が降りてくる。遅刻者もいなかったみたいで、すごくスムーズな滑り出し。過去のMDRYD参加者もいて、和やかな話し声を聞きながらコテージへ移動。


 開会式ではみゅーが全体の流れや、作業について説明。参加者の表情がまだよそよそしく、これが明日帰るときにはどういう雰囲気になっているのかな、と楽しみな気持ちになる。この後、3班に分かれてグループミーティング。各班のリーダーには前泊が出来たメンバーがおのずと割り振られ、当日参加のスタッフは補助としての初仕事をこなした。私の班では作業の講師となる奥山さんも合流してミーティングを行った。奥山さんがいるという安心感のもと、和やかにミーティングが進み、それぞれが自己紹介とともに、今回山に来た理由などを話す。山で活動する事など皆無だったという初作業者もいれば、林業志望の子もいたり、田中さんの山の木でお家を造ったという方もいた。山に来た理由も様々だから、望むものも様々だと思う。山の空気をお腹の底から吸ってエネルギーをため込むのもよし。林業家の技と心意気を感じて盗むもよし。山や講師が本物だからこそ、色々なニーズに応えられる。そういった場を提供できることは、実はすごい事だと思う。


 ミーティング後、昼食を食べ、午後から枝打ちに。現場は歩いて5分の野村さん所有、9年生ヒノキ山。講師に野村康夫さん、田中惣次さん、奥山達雄さん、近藤洋之さんを迎え、万全の体制でいざ出発。現地で各班、講師から説明を受けた後、作業を開始した。皆さん意外とすんなり作業に入っていく。が、ほどなく「あぁっ」とか「あれっ」とかいう声がそこかしこから聞こえてくる。いや私からも。枝打ちはやはり難しい。若木の枝打ちでまだ枝が細いとはいえ、思っていたより難しい。改めて「ゆっくり丁寧に」を周知して作業を続ける。2時間強の作業を終え、下りてきた時には普段使わない腕の筋肉に心地よい疲労を覚える。


 コテージに戻っての刃砥ぎも皆ケガなく終え、班ごとに割り振られた分の食事準備を行った。私の班は次の日の昼食、豚汁づくり。大量の野菜を前にひたすら洗う、むく、切る。後から思うと笑っちゃうくらい皆熱心に作業した。奥山さんもすんごく頑張って切っていました。まったく講師を使うなっちゅうの!でもお陰で達成感がすごくあり、みんな仲良くなちゃったね。


 夕飯では恒例の大量カレーとトマト盛りが、大きな育ち盛りの子供たちによってもりもり消費されていった。勉強会では、僭越ながら私、山口が簡単に森林、林業の話をした後、奥山さん、野村さん、田中さんのお話を頂く。奥山さんは実際に今回作業した山の成長を雪害に遭ったときの写真も利用して説明して下さり、野村さんは昔の林業の苦労話をユーモアたっぷりに、田中さんは今の林業やこれからの林業を熱く語ってくださった。参加者は、作業の後でお腹もいっぱいだったけれど、熱心に耳を傾ける姿が印象的だった。


 作業2日目も朝から見事な青空が広がり、朝食から皆、精力的にがっつく。食事準備に参加することは、食事に対する愛情が増してとても良いことだと思う。普段の生活でも子供を調理に参加させることで、好き嫌いはかなり克服できると思う。日曜日のみ参加の人も合流して、いざ作業へ出発。行く途中、野村プロの手によって事前に枝打ちされた幹を見て、その滑らかな切り口に改めて感嘆の声があがる。その後、怪我もなく作業は順調に進み、予定より早く枝打ちが終了したため、午後は1時間半ほど遊学の森を散策することに。「うわーっ、紫陽花確実に大きくなったぁ」「なんでこんな所にツララができているのっ」。いくつもの発見をしながら講師の方の説明をゆっくり聞かせて頂き、予定時刻をややオーバーして下山。少し忙しい中で、参加者は荷物をまとめて閉会式、そして写真撮影のあと解散となった。閉会式のときに改めて参加者のみんなの顔を見回すと、表情の温度が優しく暖かになっていて、一日ちょっとでこれだけの人数の人達と知り合い、親しくなれるってすごいなぁってじんわりする。


 今回は久しぶりの参加で、なにも分からない私を暖かく迎えてくれたスタッフのみんなに感謝すると同時に、参加してくれた沢山の参加者にあらためて森林へようこそ、そして書類作りから事前の連絡等ほとんどすべてやってのけたみゅーに敬意を表して報告を終わらせていただきます。


(文:山口順子)
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# by YMP_Log | 2006-02-10 12:34 | 定例活動の報告

遊学の道Project 2006年1月の活動報告

2006年1月7日~9日

癖のありそうな真瀬です。
皆様今年もよろしくお願いいたします。
去年の1月から「遊学の道Project」に参加させてもらっているので、今回でちょうど一周したことになります。居心地がよくなってつい毎月のように来ています。


■■活動報告
■一日目
参加者:みゅーさん、塩津さん、田辺さん、真瀬
内容:炭材、薪準備、浜仲間の会と合同新年会


■二日目
参加者:みゅーさん、田辺さん、なっちゃん、菅野さん、真瀬
午前中ビデオ上映会、午後窯へ炭材詰めをして、16時から火入れ


■三日目
参加者:二日目と変わらず。お昼に塩津さんがくる。
内容:炭、出来上がり。まあまあ。お昼ご飯を食べて掃除をして解散。


 参加者少ないし、おなじみの人ばかりでちょっと残念。
 みんな忙しいのだろう。大切なことがあるのだろう。

 先月材を下ろしておいて正解でした。みゅーさん正しかったよ。
 火入れをして窯止めするまでは去年よりも順調で、草間さんいないのに今回はうまく行ったなーと思ってたんだけど、翌朝起きて窯をあけたら炭が燃えていて、半分成功、半分失敗って感じでした。燃えていた炭は砂をかけてどうにかしのぎました。
 その後田中さんの奥さんの裕子さんから聞いたのですが、窯が新しくなってから、草間さんも同じように失敗しているらしい。窯が調子悪いんですねきっと。


■■所感
 去年一年「遊学の道Project」等の活動に参加してきて、林業に関わる方たちのお話を聞くなど、林業や生活環境について意識する機会を得ることができて、とてもいい経験になりました。それまでの生活の中では、林業について考えることはまったくありませんでしたし、いろいろな年齢の方々と話す機会が増えたこともとても貴重なことだと思っています。なので、これからも参加していきたいなと思っているのですけれども、自分の中ではっきりしていないことがあって、もやもやしています。

 私はどうして、YMPの活動に継続して参加しているのかなと考えてみます。

 YMPというものを初めて知ったのはインターネットでした。森林を整備する活動をしている団体がいろいろあって、そのなかの一つがYMPであり、最初に行ってみたのはYMPではない団体の活動だったのですが、次に参加したYMPは、作業は結構ハードで充分やらせてもらえたので、YMPの活動に継続して参加することにしました。一泊なので、のんびりできるのも楽しくてね。
 一年間参加させてもらって、YMPの活動になぜ参加しているのか、参加している目的を考えるようになりました。今月はやめようかなと考えることが多くなりました。実家のことが気になってきました。勉強もしたい。本を読みたい。怠けたい。
 YMPの活動の目的はなんなのだろう?私が求めていることと合致しているのか?と、思い始めました。
 遊学の道projectの活動の目的は、
「遊学の森で活動し、森林に親しみながら、楽しい時を過ごすこと。
遊学の森を歩けば、森林、林業を理解できる森にすること。」
と書いてあります。
 私は、
<そうかそうか、確かに楽しい時間をすごせているなあ。
でも、遊学の森を歩けば、森林、林業を理解できるってどういうことだろう?
そんなことはあんまり考えたことないなあ。
歩くだけで理解するなんて難しくない?>
と思います。
 その目的の背景には、
「遊学の道Project は、森づくりを通して「生活環境を守る」試みです。
遊学の道Projectは、幅広い年齢の人、さまざまな職業の人が遊学の森で森づくりをし、交流していくことで森林や林業を理解していくことを目指します。」
と書いてあります。

 生活環境を守るってどういうことだろう。

 YMPの活動をしていく中で、他の団体にも興味を持って、2つの団体の会員になりました。この2つの団体では、農業関係の活動をしていて、それに参加しています。一方は谷津田を保全する活動で、もう一方は里山を保全する活動です。
 ここでも私は考えます。この活動が本当に社会に貢献する活動なのだろうか?と。
 こういう活動をしても、人工林が荒れ果てて行ったり、田んぼを手放す人が増えることや、里山が開発されたり、見捨てられてしまうことを防ぐことにつながるのだろうか。
今のようなボランティア活動を続けていたとしても、多くの人達が林業や農業を重要だと感じ、日本の林業や農業が見直されることにはつながっていかないのではないかと感じます。もっとたくさんの社会に出る前の若い人達が、生活環境の荒廃について知る機会が必要だと思います。
 それは、職業を通して生活環境を守る生活をする人が増えていかなければ、世の中は変わっていかないのではないかと思うからで、本当の社会貢献は仕事や生活の中に密着しているものだと思うし、社会貢献だと思ってやるものではないのだろうと思います。

 よりよい社会ってなんなんだっていうことも、問いとしては残るのだけれども、そんなことはよく分からないので、私自信については何がしたいんだと考えてみます。

 私の実家は農業を専業で営んでいますが、親父は農業はやらないほうがいいと私に言います。私は最近まで農業に興味がなかったので、農業ってどんなものなのかよく分かっていません。父や母は社会に貢献してきたのだろうか?生活環境を守ってきたのだろうか?と考えると、違うような気もします。本当に息子にはやらせたくないようなものだと思っているのだろうか?

 農業や、林業でなくても、いい社会を目指すことはできると思うし、逆に農業や林業をやっていたって生活環境を壊すことはいくらでもできると思います。親父やお袋がやってきた農業っていうものは何なのかってことを、きちんと知りたいと思っています。

 社会の役に立ちたい、よりよく生きたいと、心のどこかで思いながら、私は生活しています。いつもいつも思い続けることはできないし、逆のことを思ったり、していることのほうが多いです。逆のことばかりするので、落ち込んでぐったりしていることもよくあります。

皆さんはどうですか?

以上、拙い文章ですが、読んでくださってありがとうございます。



(文:真瀬裕介)
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# by YMP_Log | 2006-01-07 12:34 | 定例活動の報告

遊学の道Project 2005年12月の活動報告

2005年12月10日~11日

 今回初参加の伊東です。以前、事務局の石山さんと環境教育のセミナーでご一緒した縁で、お誘いを受けて参加しました。部外者として、体験したことや思い感じたことを勝手気ままに報告させていただきます。

 10日はツリークライミング_のイベントに参加した後、車で6時過ぎにコテージ到着。道路もまだ凍結しておらずよかった。でも、やはり檜原は寒い。土の上は霜柱がチャリチャリ云ってる。さて、どんな人がいるのだろう。すいませーん、伊東といいます。コタツの男性二人が無言で振り向く。あれ、間違ったかな。キッチンに女性の姿が。あ、石山さんお久しぶり。荷物を入れて、改めて自己紹介。伊東です、よろしくお願いします、カクカクしかじか・・・。癖のありそうな男性二人は田辺さんと真瀬さん。もう何年も参加されているそう。ちょうど夕食の準備ができたグッドタイミングでの到着だったので、とりあえず食事開始。コタツで鍋をつつきながらいろんな話を伺う。田辺さんと真瀬さんは他にも様々な活動をしておられ、田辺さんは伝統的な林業技術の伝承活動もなさっているとか。おお、面白そうだし、とても大切なことかも。でも、実際プロの現場では伝統技術は使われなくなっているみたい。まあ、仕事じゃ楽で効率的な方がいいもんね。じゃあどうやって保存していったらいいんだろう?また、檜原村の過疎の現状や、都内の森林ボランティア活動の状況も教えてもらいました。いろんな団体ができていろんなことをやっているけど、どこも中心メンバーの人材不足が深刻らしい。遊学の道projectも、常時参加は3・4人とか。これは、僕も以前里山ボランティアに参加していたときに感じていた事だけど、どうも若手が定着しない。そして、かく云う僕も仕事の忙しさのためと、その団体の中心メンバーの偏屈さに辟易して活動から疎遠になってしまいました。これも、ほんとにどうしたらいいのだろう?他に若者にはやりたいこともいっぱいあるし、あって当然だし。やらなきゃって気持ちだけじゃ、オフの活動は続かないだろうし。

 12時近くになって田中さん登場。お名前だけは聞いていたけど、お目にかかるのは初めて。田中さん、なかなか個性的でパワフル。こういう人だから、厳しい状況の中林業を続けてこられたのかな。1時間ほど、田辺さん曰く田中節を拝聴。僕も質問し、森林経営の昨今の状況や相続の際の苦労話、天皇杯、今後の見通しや目標など、貴重な話をたくさん聞かせていただきました。中でもとくに印象に残ったのが、モチベーションの話。林業を取り巻く厳しい状況の中、学校を出て林業に携わることに少しの迷いもなく、絶対に大丈夫だという確信がどこかにあったそうです。そのため、絶対に何とかしてやるんだ、とかいった力みはなく、常に自然体であったとか。そして、自然体であったからこそ続けてこられたということをおっしゃってました。重みのある言葉。でも、なんで大丈夫という確信がもてたのだろう?伺いそびれてしまいました。次回どなたか尋ねてみてください。

 就寝前外に出ると、テーブルに霜が降りて、キラキラと光ってとてもきれいでした。街灯の明かりが邪魔だと誰かが言っていたけど、それでも星はきれいにたくさん出てました。

 翌朝は7時頃起床。口の周りが結露しており、子供の頃を思い出す。朝食後、昼飯用のおにぎりを作って9時過ぎに出発。予定は道づくりから変更となり、午前中下刈、その後来月の炭焼用の丸太運びということに。えっ、冬に刈る草って生えてるの?ササ?いやーな予感のまま、下刈鎌と砥石をもって目的地へ。春カタクリがよく咲くように草を刈るという。目的地までは15分くらい、皆さん黙々と登る。しかも、先頭を行く田辺さんはなぜか急ぎ足。朝一からキツイねえ。日ごろの運動不足を痛感。で、目的地カタクリの何とかに着き、しばし無言の田辺さん。そして、これじゃやっても変わらないね、と当然のことをおっしゃる。あらら、いい準備運動になってしまいました。

 来た道をトボトボと引き返し、今度は丸太運びをすることに。間伐材が集めてあるという場所までとりあえず登り返すが、この道がかなりの急斜面。やっぱり山仕事って大変そう。で、集積場に着いてみてびっくり。ほとんどの丸太が径20cm超、長さ5m超、重さ30~40kg超。田辺さんはこれを担いで下るという。うそ?プロならともかく、崩れかかった道を素人が運ぶのはアホじゃない?まず道を直したほうがいいし、せめて丸太を半分に切ろうよ。少なくともはじめての女性には絶対無理です。でも、効率が悪いと聞かない田辺さん。結局男性二人はうめき声を上げ、長い丸太をポコポコと立ち木に当てながら下っていきました。無言で黙々と。まるで修行だね。僕は1本下ろしたところでバカらしくなり、昔登山で傷めた膝も疼いてきたので後は半分に切って運ぶ。一人3本下ろしてお昼。

 午後は、下ろした丸太をコテージ前まで運んで窯入れサイズに切断。年輪は7・8年くらいまで広くあとは狭い。なるほどね。あ、心材は赤い。そして堅いかも。で、皆さんは終始無言で鋸を挽く。やっぱり修行っぽいなあ。結局、運んできた丸太の3分の1くらい残して時間切れ。しかも、切ったものも太いまま。これで来月炭焼きできるの?その後あわただしくコテージの掃除などをして撤収・解散。前夜話に出た、檜原と奥多摩の拓け具合の差が気になり、奥多摩周遊道路回りで帰路へ。山の上はうっすらと白くなっていました。

 今回の初参加では、田中さんの「自然体」という言葉と、他全体の修業的雰囲気が終始気になってしまいました。遊学の道の理念ってどんなのだろ?でも、明るく笑える方が絶対いいなあ。しかし、皆さん長いこと活動されていて、なんだかそれだけはすごい。とくに石山さんは食事の準備も一人だし、女性なのに力仕事も頑張っちゃってるし、事務局だし。皆さん寒い中本当にお疲れ様でした。

(文:伊東大輔)
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# by YMP_Log | 2005-12-10 12:34 | 定例活動の報告