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遊学の道Project 2005年12月の活動報告

2005年12月10日~11日

 今回初参加の伊東です。以前、事務局の石山さんと環境教育のセミナーでご一緒した縁で、お誘いを受けて参加しました。部外者として、体験したことや思い感じたことを勝手気ままに報告させていただきます。

 10日はツリークライミング_のイベントに参加した後、車で6時過ぎにコテージ到着。道路もまだ凍結しておらずよかった。でも、やはり檜原は寒い。土の上は霜柱がチャリチャリ云ってる。さて、どんな人がいるのだろう。すいませーん、伊東といいます。コタツの男性二人が無言で振り向く。あれ、間違ったかな。キッチンに女性の姿が。あ、石山さんお久しぶり。荷物を入れて、改めて自己紹介。伊東です、よろしくお願いします、カクカクしかじか・・・。癖のありそうな男性二人は田辺さんと真瀬さん。もう何年も参加されているそう。ちょうど夕食の準備ができたグッドタイミングでの到着だったので、とりあえず食事開始。コタツで鍋をつつきながらいろんな話を伺う。田辺さんと真瀬さんは他にも様々な活動をしておられ、田辺さんは伝統的な林業技術の伝承活動もなさっているとか。おお、面白そうだし、とても大切なことかも。でも、実際プロの現場では伝統技術は使われなくなっているみたい。まあ、仕事じゃ楽で効率的な方がいいもんね。じゃあどうやって保存していったらいいんだろう?また、檜原村の過疎の現状や、都内の森林ボランティア活動の状況も教えてもらいました。いろんな団体ができていろんなことをやっているけど、どこも中心メンバーの人材不足が深刻らしい。遊学の道projectも、常時参加は3・4人とか。これは、僕も以前里山ボランティアに参加していたときに感じていた事だけど、どうも若手が定着しない。そして、かく云う僕も仕事の忙しさのためと、その団体の中心メンバーの偏屈さに辟易して活動から疎遠になってしまいました。これも、ほんとにどうしたらいいのだろう?他に若者にはやりたいこともいっぱいあるし、あって当然だし。やらなきゃって気持ちだけじゃ、オフの活動は続かないだろうし。

 12時近くになって田中さん登場。お名前だけは聞いていたけど、お目にかかるのは初めて。田中さん、なかなか個性的でパワフル。こういう人だから、厳しい状況の中林業を続けてこられたのかな。1時間ほど、田辺さん曰く田中節を拝聴。僕も質問し、森林経営の昨今の状況や相続の際の苦労話、天皇杯、今後の見通しや目標など、貴重な話をたくさん聞かせていただきました。中でもとくに印象に残ったのが、モチベーションの話。林業を取り巻く厳しい状況の中、学校を出て林業に携わることに少しの迷いもなく、絶対に大丈夫だという確信がどこかにあったそうです。そのため、絶対に何とかしてやるんだ、とかいった力みはなく、常に自然体であったとか。そして、自然体であったからこそ続けてこられたということをおっしゃってました。重みのある言葉。でも、なんで大丈夫という確信がもてたのだろう?伺いそびれてしまいました。次回どなたか尋ねてみてください。

 就寝前外に出ると、テーブルに霜が降りて、キラキラと光ってとてもきれいでした。街灯の明かりが邪魔だと誰かが言っていたけど、それでも星はきれいにたくさん出てました。

 翌朝は7時頃起床。口の周りが結露しており、子供の頃を思い出す。朝食後、昼飯用のおにぎりを作って9時過ぎに出発。予定は道づくりから変更となり、午前中下刈、その後来月の炭焼用の丸太運びということに。えっ、冬に刈る草って生えてるの?ササ?いやーな予感のまま、下刈鎌と砥石をもって目的地へ。春カタクリがよく咲くように草を刈るという。目的地までは15分くらい、皆さん黙々と登る。しかも、先頭を行く田辺さんはなぜか急ぎ足。朝一からキツイねえ。日ごろの運動不足を痛感。で、目的地カタクリの何とかに着き、しばし無言の田辺さん。そして、これじゃやっても変わらないね、と当然のことをおっしゃる。あらら、いい準備運動になってしまいました。

 来た道をトボトボと引き返し、今度は丸太運びをすることに。間伐材が集めてあるという場所までとりあえず登り返すが、この道がかなりの急斜面。やっぱり山仕事って大変そう。で、集積場に着いてみてびっくり。ほとんどの丸太が径20cm超、長さ5m超、重さ30~40kg超。田辺さんはこれを担いで下るという。うそ?プロならともかく、崩れかかった道を素人が運ぶのはアホじゃない?まず道を直したほうがいいし、せめて丸太を半分に切ろうよ。少なくともはじめての女性には絶対無理です。でも、効率が悪いと聞かない田辺さん。結局男性二人はうめき声を上げ、長い丸太をポコポコと立ち木に当てながら下っていきました。無言で黙々と。まるで修行だね。僕は1本下ろしたところでバカらしくなり、昔登山で傷めた膝も疼いてきたので後は半分に切って運ぶ。一人3本下ろしてお昼。

 午後は、下ろした丸太をコテージ前まで運んで窯入れサイズに切断。年輪は7・8年くらいまで広くあとは狭い。なるほどね。あ、心材は赤い。そして堅いかも。で、皆さんは終始無言で鋸を挽く。やっぱり修行っぽいなあ。結局、運んできた丸太の3分の1くらい残して時間切れ。しかも、切ったものも太いまま。これで来月炭焼きできるの?その後あわただしくコテージの掃除などをして撤収・解散。前夜話に出た、檜原と奥多摩の拓け具合の差が気になり、奥多摩周遊道路回りで帰路へ。山の上はうっすらと白くなっていました。

 今回の初参加では、田中さんの「自然体」という言葉と、他全体の修業的雰囲気が終始気になってしまいました。遊学の道の理念ってどんなのだろ?でも、明るく笑える方が絶対いいなあ。しかし、皆さん長いこと活動されていて、なんだかそれだけはすごい。とくに石山さんは食事の準備も一人だし、女性なのに力仕事も頑張っちゃってるし、事務局だし。皆さん寒い中本当にお疲れ様でした。

(文:伊東大輔)
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by YMP_Log | 2005-12-10 12:34 | 定例活動の報告